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六麓荘の芦屋大学附属幼稚園前から岩園、夙川、西宮、大阪、難波江(大阪湾)を望む  兵庫県芦屋市六麓荘町 2017.5.19

竹内康正  ご挨拶  2012年~2018年
動きをつける

Turn on motion
   

       
  2013年 幸たらむとすれば  出会ったのは昭和、先生68歳の初秋
西日本への遷都が必要  ヒトは受精だけでなく、死によっても遺伝
2013年アクセス数
 
  2014年 八島ノート  3千数百ページに及ぶ筆録。若い人たちへ、真価を
災害に遭わない条件  家族は西に。八島義郎 生誕100年に寄せて
 
  2015年 みんなの幸せ  父母と家族の幸せ。子どもたちに美しい自然を残す  
  2018年 動きをつける  
    アクセス数推移  
    八島ノート開講  





八島義郎先生から頂戴した歌唱劇のパネル(部分) 「幸たらむとすれば」 昭和61年(1986)春季 『隠れ行く月影』
八島義郎先生から頂戴した歌唱劇のパネル「幸たらむとすれば」(部分) 昭和61年春季 『隠れ行く月影』

 
 
 
 

2013.8.15
八島義郎 生誕99年に寄せて

 

 

幸たらむとすれば
 If you want to be happy 

 

 

 大正3年(1914)生まれの先生に、初めて出会ったのは昭和57年(1982)、僕が16歳、高校2年、先生68歳の初秋でした。紹介者は4つ年上の従姉。出会いの時も、別れの時も、満面に笑みを湛えつ、手を振られたそのお姿。今も断ちやらず。

 ある日、 八島先生の補佐の方が僕に、「貴方のお父さまの書斎に、『丹波人物志』という本があるから、お借り出来ないかしら!」。僕、「はい?」。父の書斎には確かにその本が。お持ちすると、「写しを頂いても宜しいでしょうか!?」。僕、「どうぞ」。またある日、「私、和泉式部なの!」

 

 八島先生が、大阪から西宮に遷られる時、先生の部屋に飾ってあった歌唱劇のパネルを一枚、頂戴しました。昭和61年(1986)春季 『隠れ行く月影』。そこには、直筆で、

 

 












































 

 

 歌唱指導を受けたり(作詩・作曲は約800曲)、歌唱劇に出演したり、質問やお手紙を出したりと、16歳から15年間、僕が八島義郎の元で学び、筆記した講話ノートは3千数百ページに及びます。生きてるうちに、すべて公開致しますね。

 

             平成25年8月15日

        幸せのプロ  竹内康正

 

 

 
 
 
 
 





 
 
 
 

2013.12.30

 

 

西日本への遷都が必要
 Capital relocation to West Japan is necessary 

 

 9,526名の皆さま、いつもフォロー&メンション、ありがとうございます。一年、あっという間ですね。3.11で東京から丹波に避難してより、2年9カ月が経ちました。

 仕事を措いて、来る日も来る日も福島第一原発の情報収集に明け暮れた2011年。神戸や淡路に移住し、避難者支援や農業体験、学童保育を経験した2012年。大阪が瓦礫焼却した2013年。この間、発した警鐘は数知れません。

 

 東京は、まもなく壊滅します。壊滅とは、子どもを産み育てられない都市、ということ。今、首都圏で暮らす総ての人々が被曝しています。当然、脳も。このままでは政治も経済も、日本国としての機能が、核汚染によって崩壊します。

 西日本への遷都が必要です。政治家、官僚の皆さまは早急に、候補地の選定、首都機能の移転、放射能防御態勢の強化を。男性、老人たちも、核汚染から避難しないといけない。ヒトは、受精だけでなく、死によっても遺伝するからです。

 

 人類は未だ、ヒトが死ぬと、その人の魂・精神・霊魂が何処へ往くのか、掴めていません。人は天国に昇るのでも、地獄に落ちるのでもありません。人は終始、この地球上の、物質の世界にいます。その物質の世界のエネルギーが生命体、ヒトという生命体の魂・こころになっています。

 「人間・ヒトが死ぬと、物質界のエネルギーである魂・こころは、別のまだ生きている肉体、それも遺伝的に一番近いところに往く。魂・こころは分解しないから、その人と一番条件の似た人に結集する。結集をうける者は、死んだ人の性格の影響をうける」

         八島義郎  1989

 

 この、大切な、人類発生以来の、祖先から連綿と伝承されてきた、ヒトの魂・こころを、容赦なく分解してゆくのが、人工放射性核種です。体が壊れる時は、こころも壊れていきます。東京は、ヒトが健康に住める土地ではありません。

 

  一年経ったら、一年経った分、幸せに。日々、幸せの生き方をしていれば、求めずとも勝手に良い結果が出てきます。人が幸せに生きるにはどうすればよいかを会得したい方は、いつでもご連絡ください♪

 

          平成25年12月30日

                幸せのプロ  竹内康正

 

 

 
 





2013

2013年ページ別アクセス数 竹内 康正 Yasumasa Takeuchi




六麓荘から 朝靄の大阪都心~西宮~大阪湾を望む  2015.9.19  Yasumasa Takeuchi 竹内康正



 
 

2014.5.4

 

  

八島ノート
 Yashima Notes 

 

 

 八島ノートは、昭和57年から平成9年迄(1982~1997)の15年間、大阪と西宮で、竹内康正が、芸術家で宗教家の八島義郎の講話を筆録したノートです。以前、ホームページでその一部を公開し、メールマガジンで配信しておりましたが、この夏から、Google+とツイッターを活用して、新たに皆さまの元へお届けしたいと存じます。

 

 八島義郎に初めて出会ったのは、僕が16歳、高校2年生、八島先生68歳の初秋でした。4つ上の従姉に連れられ訪れたのは、大阪・十三にある体育館のような会場。数百名のお洒落に着飾った女性たちに囲まれ、和やかな雰囲気の中、満面に笑みがあふれる先生のお話を伺いました。

 その後、従姉にすすめられるままにお手紙や質問を出したり、蜜柑狩りやフェスティバルホールの歌の集いに参加したり、春・夏・秋の歌唱劇、ドーベルマン大会、自転車大会など、歌唱指導を受けたり、歌唱劇に出演したり、口紅や香水を選んだり、メイクのアドバイスをしたり、毎日たくさんの人たちに囲まれて、楽しい笑いの中で過ごし、いつの間にか15年の月日が経っていました。

 

 先生がお話下さった幸せの生き方、僕の手元には講話ノートが数十冊、3千数百ページに及ぶ筆録が残されています。この夏、八島義郎先生生誕100年を機に、改めてこの人類史に残る貴重な記録を公開し、これからの時代を生きる若い人たちへ、幸せについて真摯に学びたい皆さまへ、国内はもとより世界中の国々の人々へ、日本の真価をお届けしたいと存じます。

 

   平成26年5月4日

    幸せのプロ  竹内康正

 

 

 

 
 
 
 
 


日暮れの空の渡り鳥、何処で命を終えるのか 六麓荘から日本一高いビル、あべのハルカスを望む  2014.3.3



 
 
 
 

2014.9.4
八島義郎 生誕100年に寄せて

 

 

災害に遭わない条件
 Conditions not suffering from disasters 

 

 

 「人類、今のままだったら滅亡する時が来る。万物が育たない、動物が生きられない。山が駄目になる、生物が追われていく。ストロンチウム、放射能。食べられない、そういう時が必ず来る。放射能汚染したものが来る。魚も何も食べれなくなる、アウトですよ」

 八島先生から、日本のストロンチウム、放射能汚染の話を伺ったのは今から22年前、ちょうど幸たらむの歌唱劇のパネルを戴いた1992年頃でした。

 僕が死んだずっと先のことだろう、ぐらいにしか捉えてなかった。甘かった・・・・

 

 2011年、原発爆発直後の3月14日、東京都渋谷区恵比寿にいた僕に、政府の原子力の専門家から、「家族は西に向かわせます」、とのDMが届きました。

 15日に品川から大阪のホテルに避難。4月には丹波に引っ越し完了。

 Twitter に命を救われた。

 当時の僕のツイートが、報道写真誌 DAYS JAPAN 2012年2月号4月増刊号 検証原発事故報道 ~あの時伝えられたこと~ に収録されています。

 みんなの命を救いたい・・・・

 

 八島義郎は大正3年生まれ。戦前、洋画家の小磯良平らと、兵庫県の美術展の審査委員を務めた彫刻家。

 大阪の十三で、満座の中、満面の笑みを湛える先生に紹介されたのは、1982年の夏。

 八島先生から色んなことを教わりました。

 

    災害に遭わない条件

      夫婦仲良くする。

      親子仲良くする。

      家族仲良くする。

      彼のこと一生懸命やる。

      人間、仲良くやってる時、天災起きない。

      自分にその心が無かったら、災害には遭わない。

      人と争うこころを持たない。

      人の長所をみていく。

 

 八島義郎と縁があったのは、1997年迄。

 

     人の世の移り変わりの空しさが、むやみに胸に滲みてくる。

     生きて来た事を欣びと為す事は、父母への感謝と成る。

                     八島

 

 良い御縁を繋いで、生きてゆくんですね。幸せの生き方、まずは結婚から。

 

         平成26年9月4日

      幸せのプロ  竹内康正

 

 

 
 
 



 
 
 
 

2015.1.5

 

 

みんなの幸せ
 Everyone's happiness 

 

竹内 康正 Yasumasa Takeuchi 阪神競馬場公園 2015.4.21

 

 フォローして下さっている 10,348 名の皆さま、こんにちは。今日の芦屋は陽が差して、とても穏やかな一日、小鳥たちの楽しそうな鳴き声が響いています。

 今年は生まれて初めて、手作りの注連縄を飾りました。藁の感触がなんとも心地良い。

 

 昨年の夏休みと年末は、丹波少年自然の家で、子どもたちの自然体験をサポート。川遊びや飯盒炊爨、キャンプファイヤー、蛍観賞、杉焼き、竹蜻蛉づくり、お芋掘りetc. 子どもの頃、僕が通った保育園や小学校もすぐ傍で、故郷の土や空気、水、木々や草花、生きものたちを満喫できました。

 

 年末年始、ドラッカーの「経営の哲学」をおさらいしました。

    変わらざるものとしての基本と原則。
    顧客を満足させる。
    利益を生む活動に力を入れる。
    何が目的か。

 父母と家族の幸せ。クライアントとその家族、みんなの幸せ。 (*^-')b

 

 子どもたちに美しい自然を残す。夢と希望を伝える。これしかありませんね。

 

         平成27年1月5日

            幸せのプロ  竹内康正

   

 

 
 

一日  幸せのプロ The Professional of Happiness

 




正月の祝い膳 御節料理 お吸い物に金箔、鶴小芋に亀椎茸の縁起もの 母の手料理に寿司、茶菓子  兵庫県丹波市 2018.1.2  竹内 康正 Yasumasa Takeuchi



 
 

2018.1.1

  

動きをつける
 Turn on motion 

 

 

🇯🇵🎍 明けましてお目出とうございます! 🎍🇯🇵

HAPPY NEW YEAR ! We are MAKING JAPAN GREAT AGAIN !

 

 平成三十年が 8,980 名の皆さまにとりまして素晴らしい年となりますことを心からお祈り申し上げます。

 

 芦屋は朝から快晴!! 気持ちのいい青空で、今年は良くなる!と感じました♪ 2017年の自転車の積算走行距離は 662.9km、一日あたり 1.8km ;^^

 昨年始めたInstagramでは、美味しそうなお料理や綺麗なコスメ、ファッション、可愛い子供たち、愉快な動物、行きたくなる観光地・自然・風景など、世界中の素敵な皆さまのアルバムを拝見・交流出来て、とても楽しく有意義なひと時を過ごせました!♪

 今年も Twitter(フォローして下さっている方 8,579名)をメインに、Instagram(47名)、Youtube(24名)、Linkedin(33名)などのSNSを活用しながら、皆さまの幸せ・知識につながる、質の高い教養・知恵・楽しみをご提供出来るよう努めて参ります。

 Facebook(122名)はツイッター連携の自動投稿、Medium(129名)、Google+(46名)は今のところ使用未定です。今年は新たな時代へ向けて、新しいご縁を開拓・動きをつける年、なにかご希望などございましたら、何時でもお申し出下さいませ♪

 

 

平成30年1月1日

竹内康正

 

 

 
 
 
2017年の自転車の積算走行距離は 662.9km、一日あたり 1.8km ;^^ 走った内に入らないw  兵庫県芦屋市 2018.1.1  竹内康正 Yasumasa Takeuchi
2017年積算距離は 662.9km、一日あたり 1.8km ;^^ 走った内に入らないw
 



  Transition of access
 URL & SNS アクセス数推移
 
 


 
  2018.1.23


 
 
   いつもご利用下さる皆さま、有り難うございます❣

 2000年に、勤務先の後輩から依頼され契約したレンタルサーバーと.comドメイン。2001年から、国連ボランティア計画(UNV)人材募集 や父の著作・竹内正道著作集、自作の 世界の名言 の3本のメルマガコンテンツを発信。

 2003年からクライアントアクセサリージュエリーヘアメイク婦人靴サーフショップデザイナーズブランドランジェリーペット用品和雑貨お弁当屋ワインエステサロンクラブなどのホームページを制作。

 2010年にtwitter開始、#COP10 生物多様性条約第10回締約国会議関連、2011年、3.11関連コンテンツでアクセスユーザーが増え、2013年、ホームページ無しで生きてみようと契約解除。

 2014年、やっぱりホームページは必要だな、と3代目ドメイン開始。WordPressSNS等色々試したけれど、白紙から好きな形にページを創れる .html が自分のスタイルに合ってると実感。

 17年間、自力でWeb周り100%自作していると、あとはコンテンツ次第かなとw

竹内康正  

 
 
 
 
 





 
 

2018.8.15
八島義郎 生誕104年に寄せて

  

八島ノート 開講
 Yashima Note Opening 

 

 

 本年より、八島義郎の講話ノートの公開&内容の解説を開始致します。

 今後の公開&編集、解説予定はこちらです。

 ノートは数十冊、三千数百ページに及ぶため、一日2ページを公開&解説して、一通り公開し終えるのは5年後、2023年を予定しています。

 

 

平成30年8月15日

竹内康正

 

 

 
 
 

 




       
 
 
 
 

 
 
 
 
       
     
       

       
 
 
 
 
 
       


     

 

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