六麓荘から 朝靄の大阪都心~西宮~大阪湾を望む  2015.9.19  Yasumasa Takeuchi 竹内康正
六麓荘から 朝靄の大阪都心西宮大阪湾を望む  兵庫芦屋市 2015.9.19

竹内康正  ご挨拶  2014年~2015年
災害に遭わない条件
  八島ノート  災害に遭わない条件  みんなの幸せ  

Conditions not suffering from disasters
   


 
     
  2014年 八島ノート  3千数百ページに及ぶ筆録。若い人たちへ、真価を
    災害に遭わない条件  家族は西に。八島義郎 生誕100年に寄せて
2015年 みんなの幸せ  父母と家族の幸せ。子どもたちに美しい自然を残す
 
     


 


 
 

2014.5.4

 

  

八島ノート
 Yashima Notes 

 

 

 八島ノートは、昭和57年から平成9年迄(1982~1997)の15年間、大阪と西宮で、竹内康正が、芸術家で宗教家の八島義郎の講話を筆録したノートです。以前、ホームページでその一部を公開し、メールマガジンで配信しておりましたが、この夏から、Google+とツイッターを活用して、新たに皆さまの元へお届けしたいと存じます。

 

 八島義郎に初めて出会ったのは、僕が16歳、高校2年生、八島先生68歳の初秋でした。4つ上の従姉に連れられ訪れたのは、大阪・十三にある体育館のような会場。数百名のお洒落に着飾った女性たちに囲まれ、和やかな雰囲気の中、満面に笑みがあふれる先生のお話を伺いました。

 その後、従姉にすすめられるままにお手紙や質問を出したり、蜜柑狩りやフェスティバルホールの歌の集いに参加したり、春・夏・秋の歌唱劇、ドーベルマン大会、自転車大会など、歌唱指導を受けたり、歌唱劇に出演したり、口紅や香水を選んだり、メイクのアドバイスをしたり、毎日たくさんの人たちに囲まれて、楽しい笑いの中で過ごし、いつの間にか15年の月日が経っていました。

 

 先生がお話下さった幸せの生き方、僕の手元には講話ノートが数十冊、3千数百ページに及ぶ筆録が残されています。この夏、八島義郎先生生誕100年を機に、改めてこの人類史に残る貴重な記録を公開し、これからの時代を生きる若い人たちへ、幸せについて真摯に学びたい皆さまへ、国内はもとより世界中の国々の人々へ、日本の真価をお届けしたいと存じます。

 

   平成26年5月4日

    幸せのプロ  竹内康正

 

 

 

 
 
 
 
 


日暮れの空の渡り鳥、何処で命を終えるのか 六麓荘から日本一高いビル、あべのハルカスを望む  2014.3.3
日暮れの空の渡り鳥 六麓荘から日本一高いビル、あべのハルカスを望む  兵庫芦屋市 2014.3.3


 
 
 
 

2014.9.4
八島義郎 生誕100年に寄せて

 

 

災害に遭わない条件
 Conditions not suffering from disasters 

 

 

 「人類、今のままだったら滅亡する時が来る。万物が育たない、動物が生きられない。山が駄目になる、生物が追われていく。ストロンチウム、放射能。食べられない、そういう時が必ず来る。放射能汚染したものが来る。魚も何も食べれなくなる、アウトですよ」

 八島先生から、日本のストロンチウム、放射能汚染の話を伺ったのは今から22年前、ちょうど幸たらむの歌唱劇のパネルを戴いた1992年頃でした。

 僕が死んだずっと先のことだろう、ぐらいにしか捉えてなかった。甘かった・・・・

 

 原発爆発直後の3月14日、東京都渋谷区恵比寿にいた僕に、政府の原子力の専門家から、「家族は西に向かわせます」、とのDMが届きました。

 15日に品川から大阪のホテルに避難。4月には丹波に引っ越し完了。

 Twitter に命を救われた。

 当時の僕のツイートが、報道写真誌 DAYS JAPAN 2012年2月号4月増刊号 検証原発事故報道 ~あの時伝えられたこと~ に収録されています。

 みんなの命を救いたい・・・・

 

 八島義郎は大正3年生まれ。戦前、洋画家の小磯良平らと、兵庫県の美術展の審査委員を務めた彫刻家。

 大阪の十三で、満座の中、満面の笑みを湛える先生に紹介されたのは、1982年の夏。

 八島先生から色んなことを教わりました。

 

    災害に遭わない条件

      夫婦仲良くする。

      親子仲良くする。

      家族仲良くする。

      彼のこと一生懸命やる。

      人間、仲良くやってる時、天災起きない。

      自分にその心が無かったら、災害には遭わない。

      人と争うこころを持たない。

      人の長所をみていく。

 

 八島義郎と縁があったのは、1997年迄。

 

     人の世の移り変わりの空しさが、むやみに胸に滲みてくる。

     生きて来た事を欣びと為す事は、父母への感謝と成る。

                     八島

 

 良い御縁を繋いで、生きてゆくんですね。幸せの生き方、まずは結婚から。

 

         平成26年9月4日

      幸せのプロ  竹内康正

 

 

 
 
 

 
 
 
 
       
     
       


 
 
 
 

2015.1.5

 

 

みんなの幸せ
 Everyone's happiness 

 

竹内 康正 Yasumasa Takeuchi 阪神競馬場公園 2015.4.21

 

 フォローして下さっている 10,348 名の皆さま、こんにちは。今日の芦屋は陽が差して、とても穏やかな一日、小鳥たちの楽しそうな鳴き声が響いています。

 今年は生まれて初めて、手作りの注連縄を飾りました。藁の感触がなんとも心地良い。

 

 昨年の夏休みと年末は、丹波少年自然の家で、子どもたちの自然体験をサポート。川遊びや飯盒炊爨、キャンプファイヤー、蛍観賞、杉焼き、竹蜻蛉づくり、お芋掘りetc. 子どもの頃、僕が通った保育園や小学校もすぐ傍で、故郷の土や空気、水、木々や草花、生きものたちを満喫できました。

 

 年末年始、ドラッカーの「経営の哲学」をおさらいしました。

    変わらざるものとしての基本と原則。
    顧客を満足させる。
    利益を生む活動に力を入れる。
    何が目的か。

 父母と家族の幸せ。クライアントとその家族、みんなの幸せ。 (*^-')b

 

 子どもたちに美しい自然を残す。夢と希望を伝える。これしかありませんね。

 

         平成27年1月5日

            幸せのプロ  竹内康正

   

 

 
 
       
 
 
 
 
 
       

 





     

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