自然  人体  幸せ  知識  八島ノート  竹内正道著作集  サポート
 
 
 
八島義郎 自画像 1934.10.6 原画  Yoshiro Yashima Self-portrait Original picture  2007.11.12 撮影 竹内 康正 Yasumasa Takeuchi
 
   八島義郎 自画像 1934.10.6 原画  2007.11.12 撮影
Yoshiro Yashima Self-portrait Original picture
 


八島ノート
  1982  1983  1984  1987  八島義郎 作品  年表
八島ノート  1982-86 1986-88 
参考文献1982-1988 竹内日記
凡例  P.F.Drucker vs 八島義郎  八島義郎 プロフィール  参考文献
 

Yashima Notes
 
 
竹内康正 筆録

written by Yasumasa Takeuchi

 八島ノートは、昭和57年から平成9年迄(1982~1997)の15年間、大阪と西宮で、竹内康正が「幸せのプロ」八島義郎のもとで学び、その講話を筆録したノートです。数十冊、三千数百ページに及ぶ筆録。

 
 
 
       
  JDMC チャンピオン展 日本ドーベルマン・ミニチュアピンシャクラブ ドーベルマン大会 1985年10月10日 竹内 康正 Yasumasa Takeuchi 19歳 

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竹内康正 19歳
ドーベルマン大会 1985年10月
 
       
 
 
2018.8.15 【八島義郎 生誕104年】 八島ノート 開講  一通り公開し終えるのは5年後、2023年
2014.9.4 【八島義郎 生誕100年】 災害に遭わない条件  己を知り、不幸の因を変える。家族は西に
2014.5.4 八島ノート  いつの間にか15年。手元には講話ノートが数十冊、3千数百ページに及ぶ筆録
2013.8.15 【八島義郎 生誕99年】 幸たらむとすれば  出会ったのは昭和57年、先生68歳の初秋
 

   
       
 
 
 
 

昭和57年
1982
竹内康正日記 八島義郎の言葉 昭和57年(1982年)9月22日 両親に感謝していますか  八島ノート 昭和57年 Yashima Notes 1982  竹内 康正 Yasumasa Takeuchi
 
 
昭和58年
1983
昭和58年(1983年)春季・夏季・秋季歌唱劇パンフレット  八島先生歌集 新歌集 八島義郎100歌選曲集 昭和58年春季 民話のこころ 秋季 知識  八島義郎先生の「生き方に学ぶ」 一医師の観た誠成公倫会 三島秀記   八島ノート 昭和58年 竹内康正 筆録 八島義郎の言葉  Yashima Notes 1983 The Words of Yoshiro Yashima written by Yasumasa Takeuchi
 
 
昭和59年
1984
八島ノート 昭和59年 1984年
 
 
昭和60年
1985
昭和61年
1986
昭和62年
1987
竹内康正 筆録 八島ノート 306 昭和62年(1987年)師走27日 納会 ペルシア系 歴史の循環 万物の生のために 竹内 康正 Yasumasa Takeuchi
 
 
昭和63年
1988
平成元年
1989
平成2年
1990
平成3年
1991
平成4年
1992
平成5年
1993
平成6年
1994
平成7年
1995
平成8年
1996
平成9年
1997
Yoshiro Yashima works
八島義郎 作品
八島義郎 作 「憩いのひとゝき」 1994.1 原画 Yoshiro Yashima A time of rest  2007.11.12 撮影 竹内 康正 Yasumasa Takeuchi
 
 
Chronological table
年表
八島義郎 竹内康正 竹内正道 年表 平成元年水無月三日 作成 Chronological table of  Yoshiro Yashima Yasumasa Takeuchi Masamichi Takeuchi
 
 

 

Explanatory notes

凡例

(   )筆録当時に記載。  〔   〕現時点の補足。
ノート原本は総て縦書。漢数字等、筆録当時の表記を優先。
本文右肩通し番号は、ノート見開き2ページを1とカウント。
企業名・個人名等は、適宜イニシャル等に変更。
意味不明・判読不能の箇所は、そのまま掲載。
1982~1983年は、当時の日記、書籍等から八島義郎の言葉を抜粋。

 

今後の公開&編集、解説予定

 
2018 2019 2020 2021 2022 2023
1982 1983 1984 1985 1986 1987                         1997
    100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 1100 1200 1300 1400 1500 1584
 



 
 
 
 


  P. F. Drucker VS 八島 義郎  
 
 
 
  西洋 地域 東洋  
  西欧文明 文明 日本文明  
  ドイツ系ユダヤ人 人種 日本人  
  アメリカ合衆国 国籍 日本  
  1909~2005 生没年 1914~2010  
  Adolf Drucker ウィーン大学教授 lawyer
Lutheran Protestant フリーメイソン
八島信次 八島家は旗本 本所 浜松
鹿島組大成建設幹部
 
  Caroline Bondi medicine
叔父に公法・国際法学者のハンス・ケルゼン
浜野たつ 紀伊・加太 迎井家末 伊東
明治女学校
 
  オーストリア ・ドイツ・英国 幼少・青年期 朝鮮・中国・日本  
  経営学者・経営コンサルタント 職業 芸術家・自然科学者・発明家・宗教家  
  ピーター・ドラッカー Peter Drucker Wikipedia 八島義郎  誠成公倫  
  ピーター・ドラッカー  P. F. Drucker Google 八島義郎  Yoshiro Yashima  
  ピーター・ドラッカー  P. F. Drucker Yahoo! 八島義郎  Yoshiro Yashima  
  ドラッカー  P. F. Drucker 国立国会図書館 八島義郎  
  社会生態学者 自称 幸せのプロ  
  人を幸せにすること 基本的な関心 人を幸せにすること  
  経済発展と同時に、倫理的なもの、
精神的なものに恵まれること
幸せとは 健康で、経済的に恵まれ、家庭や職場で
人との和があり、愛情面満たされること
 
  マネジメント ライフワーク 幸せ  
  経営者・マネジメント・ 政府・学生 クライアント 幸せになろうという人  
  平面的  (人間・職場・仕事)
人間によってつくられた人間環境、
社会の核、絆としての組織体への関心
哲学 立体的(自然・ヒト・家庭・暮らし・仕事)
人間の感情、行為、社会科学的現象も
すべて自然現象
 
  人間・企業・政府・組織・経営者 主な観察対象 自然・動植物・ヒト・家庭・企業・経営者  
  堂々と経営し、成果をあげ、仕事を楽しむ モットー 自分の力でやる。胸張って、堂々と生きる  
  日本芸術・書画 芸術嗜好 彫刻・絵画・写真・作詩・作曲・書・歌唱劇  
  大統領自由勲章勲三等瑞宝章 受章・受賞 日本ゴールドディスク大賞国際アカデミー賞  
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  Yoshiro Yashima   Youun  
 
八島 義郎 (遙雲)

1914 ~ 2010

 大正3年朝鮮全羅南道生まれ。八島家は旗本、父・信次は鹿島組大成建設幹部。日本統治時代の台湾・朝鮮で鉄道、信州でダム、満州で金山、大阪環状線から十三鉄橋~兵庫駅を建設。母・浜野たつは明治女学校

 彫刻家を志し、上京し長谷川栄作澤田政廣らに師事。兵庫県展特選。27歳、兵庫県新美術連盟審査員。木彫「唐美人」大阪毎日新聞金賞。雅号・遙雲

 39歳、「妙法」の夢を見て、能勢妙見に入山。木の葉を観て自然界の三原則を発見。三毒を滅し、「空」のさらに先の白雪皚々、前人未踏の場所へ、透明人間に。人の心が写り、その体質を変え幸せに導く力を獲得。こころと体の相関etc. 自然科学に新領域創成。

「先祖が大切にしてきたものを取れっ」春華門院と霊遇。日本初代天皇・崇神の神詞「吾子よ、皆の幸せのために邁進せよ」。44歳、能勢下山。誠成公倫会開祖。52歳、豊木入日子命の質で浦和へ、東国経営。

 67歳、大阪、歌唱劇「撫子」開幕後白河院の質で西宮へ。毎朝の自転車、講話「幸せの生き方」、春夏秋の歌唱劇、歌唱教室、みかん狩り、ドーベルマン大会等主催。77歳、歌唱劇「永遠の魂」。石版画「憩いのひとゝき」「白蓮の精」。82歳、CD「心の華」。作詩・作曲家、歌唱劇作演出、画家・芸術家。幸せのプロ。

 

 

 
 

  八島 義郎 (ヤシマ ヨシロウ)

彫刻家;作詞家;作曲家 誠成公倫会教主 【専】木彫 雅名=遙雲
【生】大正3年8月15日 【出】兵庫県
【歴】父の仕事の関係で、信州、奈良、大連、神戸と移り住む。昭和6年中学をやめ、彫刻家を志して上京、長谷川栄作に師事。のち西宮市に戻り仏教彫刻など、数々の展覧会で受賞。世の注目を浴びたが、18年彫刻を捨て、工場の経営を始める。戦後、貧乏のどん底のような生活を続けたが、29年宗教的な回心を体験。40年宗教法人・誠成公倫会を設立。のち石版画を手掛け、再評価される。平成14年銀座・玉英画廊で初個展を開催。一方200曲以上の歌謡曲を作詞作曲する異才でもあり、「八島義郎作詩200歌選曲集」などがある。【師】長谷川栄作

現代日本人名録2004 2004年1月

 

 

  兵庫県新美術連盟 (総合)      日本美術年鑑 昭和16年~18年
               神戸市神戸区三宮町3-92 電三宮3351
 昭和5年結成の兵庫県美術家連盟と大正11年創立せる兵庫県美術協会を合同し、昭和17年1月同県在住の美術家を網羅して本会を組織した。国策に順応し、美術文化の発展向上を 図ると共に、地方文化の創造発展に努むるを目的とし、展覧会研究会其他美術文化に関する事業を行ふ。

 〔会長〕 大政翼賛会同県支部長 知事 坂千秋
 〔委員〕 飯塚周悦、伊川寛、大石輝一、小磯良平、杉浦三郎、鈴木清一、
      立脇泰山、林重義、三木朋太郎、宮崎翠濤、元川嘉津美、森月城、
      山下摩耶、山本廣洋、八島遙雲、和田和一
 〔嘱託〕 大塚銀次郎、会員190名、賛助会員24名

 

 

 

 

     
 

Bibliography
参考文献

誠成公倫 - Wikipedia              2017.4
八島義郎 - Wikipedia              2008.9
現代日本人名録2004      CD-ROM最新版 日外アソシエーツ  2004.1
八島義郎(遙雲)その芸術にたゆたうもの  
 月刊美術 サン・アート  2002.3
八島義郎の幼少期 八島義郎の青年期     誠成公倫 : 新宗教研究サイト
新宗教教団・人物事典                  弘文堂   1996.1
神誼の書 八島義郎師の御言葉        山本幹雄編著  1989.6, 1993.2
教祖誕生 「神様」は芸術家なり       上之郷利昭  新潮45 1985.10
現代のカリスマ (全) 八島義郎と万華の世界   山本幹雄 赤松康弘 1984.11
新宗教辞典                 松野純孝 編 東京堂出版 1984.9
八島義郎先生校閲 八島義郎先生説話抄        宮武孝明編注  1984
八島義郎との対話 「21世紀への提言」   寺井精英 広済堂産報出版 
1984.5
特集 現代の軍師たち 変動期を乗り切る大指針  「Will」中央公論社 1984.1
新産業革命対応の哲学             「経営者」 日経連   1983.12
八島義郎先生の「生き方に学ぶ」 一医師の観た誠成公倫会  三島秀記  1983
八島義郎100歌選曲集       誠成公倫会睦会  東京音楽図書  1983.8
「こころ」と「からだ」 医師からみた誠成公倫会   岡本好司 楽生社 1982
現代のカリスマ 八島義郎と萬華の世界      山本幹雄 楽生社  1980.12

日本美術年鑑       昭和16年~18年  美術研究所編 国書刊行会 1996.8
 

 
 
 
 






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